カンボジア・シーハヌビル
高層ビル7階の鉄格子のなか。200台以上のデバイスが並ぶ部屋で、30人以上の若者が画面に向かっている。ここは「投資コンサルティング会社」を装った詐欺組織だ。
リン(28歳、中国人女性)は、「高収入の海外求人」に応募したつもりが、パスポートを奪われ、本人の意思とは関係なくここに監禁されている。ここから、逃げようとした者は暴行を受ける。とても逃げられない。ここでは、毎日12時間、複数のターゲットの「恋人」を演じ続けなければならないようだ。

情報システム部長
田中隆史、63歳。日本の伝統あるメーカーの情報システム部長として40年のキャリアを持つ。妻とは5年前に死別して、一人娘は結婚して遠方に住んでいる。仕事一筋の人生で、丸の内の本社と八王子のマンションを往復する毎日だ。住宅ローンの返済は終え、定年後の資金に不安はない。しかし、会社から帰宅しても暗い部屋にひとりきりの毎日。少し寂しさを感じていた。
3月10日、田中が登録してるLinkedInのアカウントにメッセージが届いた。
「私はシンガポールで投資コンサルタントをしている エミリー・チャン と申します。当社は日本企業との提携を検討しており、田中様のような長年にわたって、情報システムに携わっている経験者とぜひ情報交換させていただきたいです」
プロフィール写真は、知的で美しい30代半ばと思えるアジア系女性だった。
田中はエミリーに承諾の返信をした。
数日後、エミリーからビデオ通話の提案があった。画面に現れたのは、写真通りの魅力的な女性だった。流暢な日本語で、シンガポールの投資環境を語る彼女に、田中は好感を持った。
それから、週に2-3回のビデオ通話が習慣になった。そして、ビジネスの話から、次第にプライベートな話題へと変わっていく。
田中が妻と死別したことを伝えると、エミリーはこう答えた。
「実は私も3年前に離婚して、一人で頑張ってきました。田中さんのお話は心に伝わります」
そして「近日中に、東京に行く予定があります。その際は、ぜひお会いしたいです」と、言ってきた。
プロジェクトマネージャー
劉(リュウ)、詐欺組織の「プロジェクトマネージャー」は、モニターにLinkedInのプロファイルを映し出した。
「田中隆史、63歳。大手メーカーの情報システム部長。LinkedIn上で800人以上のコンタクトがある。投稿頻度は低いが、投資に関する投稿にいいねをつけている」
劉はリンを指名した。
「お前の日本語は自然だ。このターゲットには6ヶ月かける。投資額が1000万を超えたら、セクストーションに移行する。まずは田中の恋人になるふるまいをしろ」
リンは劉から、エミリー・チャン になるよう指示を受けた。そのプロファイルは次の通りだった。
- プロフィール写真:中国のインフルエンサーの画像
- 経歴:シンガポールの実在する投資会社の情報を組み合わせ
- 投稿履歴:AIで生成した投資関連の専門的な内容
劉は技術スタッフに指示をした。
「ディープフェイクの作成をテストする。リンの顔にエミリーの顔データをロードして!」
リンはカメラの前に座った。画面には「エミリー・チャン」の顔が映し出される。リンが話すと、エミリーの口が動く。リンが笑うと、エミリーが笑う。
投資
「田中さん、実は私が運用している暗号資産ファンドがあるんです。少額から始められて、月利3-5%。私の顧客は皆、満足しています。最初は50万円程度で試してみませんか?もちろん、強制しませんが、田中さんの老後資金を少しでも増やせたらと思って・・・」
エミリーを信頼した田中は、指定された海外取引所に口座を開設し、50万円を送金した。1週間後、確かに52万5千円に増えていた。
「ほら、言った通りでしょう?もう少し増やしてみませんか?」
月日が経過する毎に投資は増えた。画面上の投資残高は330万円を超えていた。
「田中さん、特別な投資案件があります。最低1000万円が必要ですが。大きく増やすチャンスです!」
田中は投資額の大きさに戸惑ったが、エミリーは優しく微笑んだ。そのほほ笑みに田中は乗っかってしまった。
定期貯金をしている 1000万円 を投入してしまった。田中は定期貯金を続けていても、利息が低すぎて、貯金額が増えることはないから意味がないと考えた。
セクストーション
ある夜、エミリーから突然のビデオ通話があった。彼女は少し酔っているように見えた。
「田中さん、実はわたし、あなたが好きかもしれません」
画面の向こうで、彼女はシャツのボタンを外し始めた。田中は驚きながらも、画面から目を離せなかった。
「私たちだけの秘密、いいですか?」
その夜、親密な時間を共有した。田中は、第二の春が来たと思った。
その数日前、詐欺組織では業務のやり取りが行われていた。
劉はリンに指示をした。
「セクストーション準備に入る。リン、次のビデオ通話で親密なシーンを演出しろ。録画は自動で行われる」
リンは顔をしかめた。
「どうしてもやらなければならないのですか?」
劉は冷酷に言った。
「お前は弟の借金をまだ返済できてないだろう?ここで稼がないと、弟はどうなる?」
田中が第二の春を感じてから、1週間後、見知らぬアドレスからメールが届いた。
メールに添付されていたのは、エミリーとのビデオ通話の録画だった。自分の姿が鮮明に映っていた。
メールにはこうかいてあった。
「500万円を3日以内に送金しなければ、この動画をお前の会社や家族、LinkedInの全コンタクトに送信する」
田中は血の気が引いた。会社での立場、娘との関係、全てが崩れ去る光景が頭をよぎった。
エミリーに連絡すると、彼女は困惑した様子で言った。
「ハッキングされたみたい・・・私も被害者なの。でも、この件は穏便に解決した方がいいかも」
藁にもすがる思いで、指定口座に500万円を振り込んだ。
それから、エミリーとは連絡が取れなくなった。
リンが劉に聞いた。
「まだ絞れるのでは?」
劉は首を振った。
「欲張るな。これ以上やると警察に行くリスクが高まる。このターゲットは使い切った。次に行け」
エミリーのアカウントは削除され、全ての痕跡が消された。