叡智の三猿

~森羅万象を情報セキュリティで捉える~

SAP ERPと「2025年の崖」

経済産業省が発信した「DXレポート ~ITシステム「2025年の崖」克服とDXの本格的な展開~」では、DX推進の必要性を「2025年の崖」という強い表現を用いて解説しています。その資料を見ると、新旧技術による問題として「SAP ERPのサポート終了」という記述があります。2000年代のはじめころ、SAP導入のお仕事は、ITエンジニアの花形でした。あれから20年余りが経過し、SAPが古い技術として分類されてることに時代の流れを感じます。

※「2025年の崖」についてこちらにも書いているので、よろしければ見てください。
www.three-wise-monkeys.com

ちなみにSAP ERPは有名なR3の延長上にあるソリューション製品です。SAPといえばR3をイメージする方が多いと思います。しかし、SAP社は2000年代以降、意識的にR3という言葉を使っていません。my SAP.comや、SAP Enterpriseなど、R3の後継ソリューションは、時の経過にあわせて、名前を新たにしてリリースされています。これらは、バージョンアップによりSAP ERP6.0に行き着きます。一方、同じSAPでも、いまのソリューションであるSAP S/4HANAは、R3の延長ではありません。SAPソリューションで「2025年の崖」を克服する選択はSAP S/4HANAに移行することになります。

なお、SAP社は2020年にレガシーであるSAP ERP6.0を2027年までサポート延長することを発表しています。ですので、SAPに関して書くと「2025年の崖」は「2027年の崖」と読み替えた方がスッキリします。

ところで古いSAP(SAP ERP6.0以前)を保持し続けることでなぜ、2025年の崖から転落することにつながるのでしょうか。一説にはABAPエンジニアの減少が言われています。ABAPはSAPソリューションのなかだけで使われるプログラミング言語です。古いSAPは、ABAP言語を使ってアドオンと呼ばれる帳票や画面を作っているので、ABAPエンジニアが減少すると、SAPのなかで帳票や画面の改修が難しくなります。

確かに、ABAPエンジニアの減少は古いSAPを保持することのリスクのひとつかもしれませんが、本質的な問題ではないと思います。ITエンジニアは需要と供給のバランスで成り立ちます。古いSAPを保持する会社が減れば、当然ABAPエンジニアも減りますが、ゼロにはなりません。ABAPは少ない需要と供給で調和します。というよりも、ITエンジニアは需要に比べ供給量が絶対的に足りないので、常に売り手市場です。会社が技術者を確保できないリスクはSAPに限ったことではなく、javaPythonなどの汎用的な技術に於いても同じです。

SAPの導入方法論として知られているのがASAP(エイサップ)です。ASAPは会社の確固たる経営戦略、BPR(人材の適正な配置計画)方針に基づく組織と業務プロセスの再構築を中心とした方法論です(下図イメージ)。

ASAPのイメージ

SAPの導入方法は、その当時の経営戦略とビジネスを実行する組織と、密接にシステムが結びついたウォーターフォール・モデルです。導入フェーズのなかでも肝となるのが、ビジネス設計にあるFit&Gap分析です。これは組織が実現したい業務プロセスが、SAPの持つ標準機能で実現できるか(Fitするか)、アドオン開発を必要とするか(Gapになるか)をプロセス単位で評価した成果物です。Fitする部分はSPROと呼ばれる画面を呼び出し、カスタマイズにより実現します。アドオンとなった場合は、ABAPを用いるか、簡易な帳票ツールを使って実現しますが、アドオンが増えると開発費用がかさむので、プロジェクト予算と優先順位によって本当にアドオンするのか、業務運用で対応するかの方針を決めます。

SAPの理想的な稼働は、経営戦略と業務プロセスの相性がよく、IT化された業務と人間が行う業務が整理されている状態です。しかし、2000年代といまとでは、かなり多くの企業で、経営戦略そのものの根幹が変わっています。たとえば、ライバル企業として業界のシェアを争っていた会社同士が、スケールメリットを求め経営統合しています。あるいは、自社生産に誇りを持っていた製造業が、ファブレス化(生産を行う施設を自社で持たない企業)し、投資を抑えながら、市場の変化にスピーディーに対応する方向に舵を切ったりしています。このような経営戦略の根幹を変えるような事態が起きると、システムもそれにあわせて改変が必要です。しかし、SAPは経営戦略と密な結合をしているシステムのため、容易に改変ができません。一見、軽微と思える改修でも、改修による影響範囲が大きく、意外に開発工数とコストがかかります。

デジタル・トランスフォーメーション(DX)は、新たなデジタル技術を活用して、ビジネス・モデルを創出したり、市場の変化にあわせた柔軟なシステムの改変を行うことです。しかし、古いSAPを抱えた会社は、容易にDX化に踏み切れない事情があるのです。