ボブ・ディランは52歳だった1993年に「World Gone Wrong」というアルバムを発表してます。
このアルバム、日本語では「奇妙な世界に」というタイトルで紹介されているのが変です。英語を直訳すると「世界は間違っている」になると思います。
アルバムのなかの曲はすべてトラディショナルなフォークソングです。
わたしはこのアルバムをはじめて目にしたときーー
50代になったディランがなぜ「World Gone Wrong」というメッセージを発信したのかが気になりました。
ボブ・ディランの目には、世界は悪くなっていると感じていたのでしょうか??
90年代のはじめは、世界で民主化運動が高まっていた時期です。1991年にゴルバチョフはソ連大統領を辞任し、ソ連は崩壊しました。 1989年の東欧諸国での革命とともに、東西の冷戦は終わります。また、マルコスが独裁していたフィリピンのような開発途上の国は権威主義なことが多いのですが、そのような国々が民主主義体制へと移行したのも90年代はじめのうねりです。
90年代のわたしは、権威主義的国家が民主主義に変化するのは、純粋に喜ばしいことだと思ってました。
そこにディランが「World Gone Wrong」のメッセージをアルバムのタイトルに寄せた意味を考えたくなったのです。
あれから、30年が経過したいま・・・。かって民主的に移行したはずの国家が権威主義に戻ったり、権威主義の国が経済的にも強かったりしているように感じます。
権威主義は悪く、遅れていて、そうした国々が民主主義に移行すれば良くなるという一方向のベクトルは、必ずしも正しくないのかもしれません。
わたしはこの30年で世界が良くなったか、悪くなったかを書くことが出来ません。ディランのように世界を渡り歩いて仕事をするわけでなく、そもそも日本にしか住んだことがない私に、その命題は難問すぎます。
世界はおろか、日本がこの30年で良くなったか、悪くなったかを述べるのも、難しい・・・。
きっと、わたしの「国に対する関心」は、それほど大きくないからです。
では「IT業界は、この30年で良くなったのか?悪くなったのか?」
ここまで範囲を絞れば、考えることが出来そうです!!
その命題でわたしがパッと思い出すのは、新入社員だった1990年当時、先輩社員から都市伝説のように語られた言葉です。
この仕事、35歳が限界だよ。
いわゆる「ITエンジニア35歳定年説」というものです。
この言葉、わたしは信ぴょう性があると思ってます。
わたしはバブル入社です。30人近くのエンジニア同期がいました。でも、そのうち、2割から3割は30代でIT業界を離れています。
わたしが入社した1990年は、汎用機全盛の時代です。
ITエンジニアが取得するべきプログラミング言語は、Cobolでした。
しかし、10年後の2000年になると、Cobolは古い言語となりました。かわって、Javaが台頭しました。
このとき、Cobolのプログラマが、Javaのプログラマに転身できた人とそうならなかった人がいます。Javaに転身できた人は勝ち組とされました。転身出来なった人は負け組になりました。
古くなったCobolのプログラマ単価は、どんどん下がります。開発案件の商流にもよりますが、月額60万程度しかもらえないことも普通です。仮にマージンが30パーセントとしたら、Cobolプログラマの年収はせいぜい500万が上限です。この年収では30代を安心して過ごすことは困難です。
年収の壁を感じて、IT業界から出て行ったひとがいます。
では、Javaのプログラマに転身したエンジニアは、ハッピーライフが待っていたのでしょうか?
実際はそうなりませんでした。
Java開発は、Sierの案件で必要とされることが多くあります。Sier案件は複雑怪奇なものが多いのが特徴です。有名な某金融案件は IT案件の「サグラダ・ファミリア」と揶揄されました。
ITエンジニアは昼夜問わず、モニターを見続け、コードを修正してはテストをして、また修正する作業を続けます。
あまりの仕事のハードさに、目は悪くなり、身体に変調をきたすエンジニアがいました。
肉体の壁を感じて、IT業界から出て行ったひとがいます。
いまは昔と比べると、35歳の限界は無いと思います。
これは、労働生産性の低い、プログラミングの仕事の必然性が低下したためです。いまは無地のキャンパスにコードを書き綴る案件は少なくなってます。ERPパッケージの不足部分をアドオン開発で補うとか、クラウドサービスにローコードを付与するなど、プラットフォームが整ったなかで、部分的なコードを必要とする案件がメインです。
コンピュータとの対話を必要とするプログラミングの仕事時間が減った分、エンジニアは利用者とのコミニュケーション力が求められるようになってます。
しかし、ITエンジニアを目指す学生はいまだに、エンジニアの仕事をコンピュータと向かい合う仕事と解釈してます。
実際にエンジニアになると、思いのほか、人との対話力を要求され、それをストレスと感じる人もいます。そういう人のなかには、ITエンジニアの道を早々と諦める人もいます。
ITエンジニアは35歳が定年というのは、むかし話です。
いまは、エンジニアになった途端、リタイヤする人が多くいる気がします。
世の中には多数の仕事があります。
人生のやり直しは早いほうがいいと思います。