叡智の三猿

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ハンコは形式か文化か

ハンコは悪しき習慣?

月末・月初は請求業務の繁忙期です。特に9月は上期の締め月であることから請求書は増えます。

取引先からの請求書の封筒には当然、切手が貼ってあります。そして、ある取引先だけ毎月、記念切手を貼っています。花の切手や日本の伝統文化を紹介した切手等々・・・その取引先からの請求書は、請求書なのに小さな楽しみでもあります。

たかが切手です。でも、ちょっとした工夫をすることで、会社の印象が良くなります。

さて、切手と同じく、仕事をする上で必要なのがハンコです。

昨今、ハンコを押すことは形式的な行為とされます。どうも、ネガティブなイメージしかないようです。

発端は、当時の竹本IT担当大臣が「日本のはんこ文化を守ることを目指す」ことを目的とした議員連盟の会長を務めていることにありました。先進的なITと、古式なハンコのイメージは相反します。日本のデジタル化の遅れを象徴している人材の登用でした。

さらにコロナ禍で在宅勤務が要請されているとき、「ハンコを押すために出社する社員」がニュースに取り上げられました。

  • ハンコを紙に押さないと物事が動かないって古すぎるでしょ。
  • こういう意味のないルーチンワークを改善出来ないから日本はダメなんだ。

という声があちこちであがりました。
mainichi.jp

そこに輪をかけ、Twitterなどで「役職が上の人にお辞儀しているようにハンコを押す」という本当か嘘かわからないビジネスマナーが拡散されました。

  • バカバカしい!
  • 意味なさすぎ!

と、、もはやハンコを押すことは、日本の悪しき習慣と認識されるようになりました。

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お辞儀ハンコ

そして、菅政権の元で誕生した河野行政改革担当大臣は「行政上の手続きでハンコの使用を原則廃止するよう求め、できない場合はその理由を今月中に示す」よう、各府省庁に伝えました。

河野大臣に呼応する如く、小泉環境大臣環境省の職員が育休を申請する際のハンコを即廃止する方針を表明しました。

ん??なんか、改革の視点がズレてないか!?

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拙速すぎる対応に、わたしのアタマの中にある安全センサーがピーピーと鳴るのを感じます・・・。そこでハンコをポジティブに捉えて書いてみたいと思いました。

真正性の保証

そもそも、ハンコを押すことは決して形式的な行為でも文化でもありません。

「情報セキュリティの確保」の視点でいえば、ハンコを押す行為は「真正性」を保証することを意味します。真正性とは「通信相手や情報が本物であることが確かである特性」です。これは下記に記す、情報セキュリティ8特性のひとつです。

  1. 機密性
  2. 完全性
  3. 可用性
  4. 真正性
  5. 責任追及性
  6. 否認防止
  7. 信頼性
  8. 安全性

真正性を保証する手段として、よく知られるのが利用者IDとパスワードによる本人認証です。朝、出社してパソコンを立ち上げて、利用者IDとパスワードを入力してログインすることで、通信相手が本人であることがシステムに確認されます。システムは本人の正当性を確認することによって、必要なアクセス権を利用者に与えます。

ハンコを押すのは情報セキュリティ上、重要な行為です。申請者は「申請書」に、本人のハンコを押します。承認者は申請者の押したハンコを確認することで、その「申請書」が本物であり、申請したのが正当な本人であることを認識します。もしハンコのない、飲食の領収書を添付した経費精算の申請を承認したら、会社の内部統制は機能不全に落ち入ります。不正な申請を見逃がすことになります。

ハンコの真正性を確保するため、印影(印をおしたあと)は重要です。簡単に模倣される印影は、誰もがわかる単純なパスワード(1234など)の設定と同じです。なりすましの攻撃に合いやすくなります。たとえばシャチハタは大量生産をしていますので、簡単になりすましのターゲットとなります。郵便物や宅配物の受け取りや回覧印として、シャチハタを使うのは構わないと思いますが、重要書類へのハンコには適しません。当然、銀行印でシャチハタを使うことは出来ません。

また、自分の銀行印を見積書や請求書、各種社内申請書の押印に使う人がいるようです。これは情報セキュリティ上、危険な行為です。銀行印を持ち運びすることで紛失が発生することが想定されますし、攻撃者に印影を抜き取られ、不正使用される可能性もあります。銀行印を社内業務で使用するのは控えるべきです。

効果的なハンコの活用

実は仕事で重要な意味を持つハンコですが、世間のイメージの悪さを拭い去ることは出来ないでしょう。おそらく、それはハンコを押す側の視点で、仕事を評価しているからだと思います。

ハンコを押す側はその行為を形式的で無意味な行為と捉えているかもしれません。しかし、ハンコを受け取る側はそれとは全く違う考え方をします。このギャップは天地の差です。

わたしは毎月、エンジニアより「作業報告書」を頂きます。そこには日々の作業内容と作業時間、そして報告書の上部にエンジニアのハンコが押されています。ときどき、その印影の枠がかすれている報告書を見ることがあります。そうすると、そのエンジニアの仕事ぶりはいい加減かもしれないと、不安を抱きます。もちろん、単に朱肉のくっつきが悪かっただけかもしれないです。ハンコの押し方と、仕事の精度に相関関係は無いかもしれません。

しかし不安を抱くことは確かです。

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印影で仕事ぶりを確認

逆に大きめのしっかりしたハンコがくっきりと押されている報告書を見ると、この人は日頃からきっちりと仕事をしているエンジニアだろうなと、安心感を抱きます。

わたしは、エンジニア全員の普段の仕事ぶりを見ているわけではありません。「作業報告書」のみで仕事を確認するエンジニアもたくさんいます。特に普段、接することのないエンジニアについては、作業内容だけでなく、印影にも関心を持ちます。

ハンコに対する評価は押す側でなく、受け取る側がします。

「見積書」に押されたハンコが、いち営業担当者だけなのか、その上長や事業部長のハンコも押されているかで「見積書」を受け取る側の印象は異なります。であれば、ここぞという勝負の「見積書」には、然るべき立場のハンコを押すべきです。それによって、この案件が重要なのか、そうでないのか、メリハリをつけるのも営業戦略です。

このブログのはじめに「請求書」に記念切手を貼る取引先を紹介しました。そんなちょっとした工夫で、会社の印象が良くなることを書きました。

それと同じです。たかがハンコです。しかし、されどハンコです。ハンコを押すことを形式的な行為で、済ますのは勿体無いと思います。ハンコのイメージはどん底ですが、ここは敢えてビジネスで効果的なハンコの活用を検討するのもありだと思います。