富士見高原には、よくスキーに出かけたものでした。八ヶ岳を正面に仰ぐゲレンデは開放感があり、首都圏からほどよい距離で、週末に車を走らせるには都合のよい山です。バブルの頃のスキー場は、どこもそうだったように、リフト待ちが途切れず、ゲレンデは人であふれていました。それでも若い頃はそれが当たり前で、スキーキャリアに積んで雪山に向かうことがひとつの季節の儀式のようになっていたのです。
ところがバブルが崩壊すると、スキー場の経営は急速に悪化します。富士見パノラマスキー場は一九八七年の開業後、ブームに乗じて一九九二年に大規模なゲレンデ拡張とゴンドラリフトの増設を行ったのですが、巨額の借入金に見合うほど来場者が増えることはありませんでした。大幅な債務超過に陥ったのです。かつて雪の斜面をにぎわせた人々は、いつの間にかまばらになりました。
一方で、隣の原村に点在するペンションは、バブルのころに華やかな時代を迎えていました。ログハウス風の外観、暖炉、手づくりの料理——そういったものが都会の若者の憧れをかき立てた時代が確かにありました。しかしバブルが本格化すると、より高級なリゾートホテルに客が取られ、ペンションは時代の空気とともにひっそりと存在感を薄めました。気がつけば記憶の奥に押しやられていました。
スキー客もペンションの客も去り、遊休農地だけが静かに残されます。その土地に目を向けた人々が選んだのが、ルバーブでした。標高およそ千メートル、昼夜の寒暖差が大きく、霧が多く西日の当たりにくいこの地形は、冷涼な気候を好むルバーブにとってこの上ない生育環境だったのです。平成十八年には富士見町ルバーブ生産組合が設立され、茎全体が鮮やかな赤に染まる希少な「赤いルバーブ」の栽培が広がっていきました。リゾートとして沸き、静まり返った土地が、今度は農地として新しい息吹を吹き込まれたのです。
わが家では毎年、夏が本格的に訪れる前の時季に、農家から直送でルバーブを取り寄せています。段ボール箱を開けると、セロリのような太い茎が整然と並び、鮮やかな紅色が目に飛び込んできます。産地から届いたばかりの朝どりの香りは青々とした草のようで、台所がたちまち高原の空気に満たされるようです。この季節の楽しみのひとつは、なんといっても、届いたその日のうちにジャムを煮ることです。
作り方はいたってシンプルです。ルバーブ五百グラムを二センチほどに切り、グラニュー糖二百グラムをまんべんなくまぶして、一時間ほどそのまま置いておきます。切り口をのぞくと、外側の深紅と内側のくすんだ緑が層をなしていて、その色の対比だけでも目を引きます。そこへ白いグラニュー糖を降り注ぐと、鍋の中に小さな雪景色が生まれるようです。

しばらくすると、茎の切り口から透明な水分がにじみ出し、やがて鍋の底にたっぷりと溜まります。これは「浸透圧」の働きによるものです。細胞膜を隔てて濃度の低い側から高い側へと水が移動しようとする性質、それが浸透圧です。ルバーブの細胞内に含まれる水分は、外側にまぶされた高濃度の砂糖液に引き寄せられ、じわじわと外へと染み出してくるのです。この一時間の「待ち時間」は、けっして無駄な時間ではありません。水分を先に引き出しておくことで、加熱したときに焦げにくくなり、ルバーブ本来の風味が凝縮されたジャムに仕上がります。
一時間後、そのまま弱火にかけます。レモン汁を小さじ二杯加えると、色が鮮やかに保たれ、さっぱりとした酸味が全体を引き締めてくれます。あとはアクをていねいに取りながら、とろりとするまで煮詰めるだけです。ルバーブはとても煮崩れしやすいため、かき混ぜすぎず、静かに火を通すのがコツです。
ルバーブはタデ科ダイオウ属の多年草で、「ショクヨウダイオウ」とも呼ばれます。かつては漢方の生薬として用いられており、その健康効果は古くから注目されてきました。食物繊維が豊富で、腸内環境を整え、便秘の解消や大腸の健康維持に役立つとされています。カリウムも多く含まれており、体内の余分なナトリウムを排出し、高血圧やむくみの予防にも効果的です。さらに、赤い茎に含まれるアントシアニンには強い抗酸化作用があり、活性酸素を除去して老化や生活習慣病の予防に貢献するといわれてます。ビタミンCは免疫力を高め、肌のハリや弾力を保つコラーゲンの生成を助け、ポリフェノールはシミやくすみを防ぐ美容効果も期待できます。
また、ルバーブにはペクチンという水溶性の食物繊維が豊富に含まれてます。加熱すると自然にとろみが生まれるため、これがジャムに向いている理由でもあります。コレステロール値や血糖値の安定にも寄与するとされており、体に優しい甘みを楽しみながら健康効果も得られる、まさに理にかなった食べ物かもしれません。
煮上がったジャムをガラス瓶に詰めると、内側から光を透かすような深紅の輝きが生まれます。ルビーというよりも、もう少し温かみのある赤——光の当たり方によって、瓶の中でゆらゆらと揺れるような色です。食卓の木目の上に置くと、それだけで部屋がすこし明るくなるような気がします。

ルバーブジャム作りを毎年繰り返すようになって、季節の移ろいをより鮮明に感じるようになりました。ルバーブが届く日は、夏の始まりを告げる合図です。