県立工科大学情報学部三年生の高橋美咲は、キャンパスから見える緑ヶ丘ニュータウンの街並みを眺めていました。この街で生まれ育った美咲にとって、見慣れた風景です。大学はニュータウンの一角に建てられており、幼い頃から遊んだ公園の隣を通って通学しています。
美咲が子どもの頃、この街は若い家族で賑わっていました。公園には友達の声が響き、商店街では顔見知りのおじさんやおばさんが声をかけてくれました。今は高齢者の姿が目立ちます。子育てしやすいように設計されたバリアフリーの街は、高齢者にとっても快適で、最近は他の地域からも移り住んでくる人が増えています。美咲の同級生たちの多くは、進学や就職で街を離れていきました。
「美咲ちゃん、教えて」
ある日、祖母から電話がかかってきました。スマートフォンに届いた「口座に不正アクセスがありました」というメッセージについての相談でした。
「それ、フィッシング詐欺だよ。絶対に開かないで」
美咲の助言で祖母は被害を免れましたが、美咲は考えました。周りに頼れる人がいない高齢者は、どうしているのだろう!?
翌週、ゼミで、地域貢献プロジェクトの募集がありました。美咲は手を挙げました。
「高齢者向けのサイバーセキュリティ講座をやりたいです」
美咲の提案に、ゼミ仲間も賛同してくれました。
自治会長の鈴木和子さんと面談した時、美咲は懐かしい気持ちになりました。鈴木さんは、美咲が小学生の頃、見守り隊として通学路に立ってくれていた人でした。
鈴木さんは嬉しそうに笑いましたが、すぐに表情を曇らせました。実は鈴木さん自身が、最近サポート詐欺で二十万円の被害に遭ったのです。パソコンに偽の警告が表示され、電話で指示されるまま遠隔操作ソフトをインストールし、お金を払ってしまったことのことです。
「息子は遠方で、誰にも相談できなかったんです」
講座準備は大変でした。専門用語を使わず、わかりやすく説明する資料作り。祖母を相手に何度も練習を重ね、ようやく講座の準備が整いました。
第一回の講座が開かれた土曜日の午後。公民館には、三十人以上の高齢者が集まっていました。その中には、美咲が小学生の頃にお世話になった人たちの顔もありました。
美咲は、実際の詐欺メールの画面を映し出しました。
「本物そっくりですよね。実は、見た目だけでは本物と偽物を見分けるのは、とても難しいんです」
美咲は参加者に伝えました。
「だからこそ大切なのは、こういうメールが来ても、すぐに信じないこと。銀行や役所から『緊急』『すぐに』というメールが来たら、まず疑ってください」
「これって詐欺ですか?」
「はい、『緊急』『すぐに』という言葉で焦らせるのが特徴です」
講座の最後、美咲は講座用のメールアドレスを配布しました。
「わからないこと、不安なことがあったら、いつでもメールしてください。一人で悩まないでくださいね」
次の講座で、美咲は鈴木さんが実際に経験したサポート詐欺について、詳しく説明することにしました。鈴木さんも快く協力してくれます。
「皆さん、鈴木さんが経験されたことを、一緒に学びましょう。同じ被害に遭わないために」
美咲は、パソコンの画面に偽の警告を再現して見せました。
「ある日突然、鈴木さんのパソコンにこんな画面が出ました」
画面いっぱいに赤い文字で「警告!ウイルスに感染しています!」と表示されます。けたたましい警告音も鳴り響きます。
「怖いですよね。でも、これは本物じゃありません。詐欺師が作った偽物なんです」
鈴木さんが当時の気持ちを話してくれました。
「本当にびっくりして、パニックになってしまいました。画面には『今すぐこの番号に電話してください』と書いてあって、すぐに電話してしまったんです」
「電話に出た人は、とても丁寧でした。『マイクロソフトのサポートセンターです』と名乗りました。でも、これも嘘だったんです」
「相手は『お客様のパソコンは危険な状態です。個人情報が盗まれてしまいます』と言いました。そして『遠隔操作で直します』と」
美咲は、遠隔操作の仕組みを説明しました。
「遠隔操作というのは、離れた場所から他の人があなたのパソコンを操作できる技術です。本来は便利な技術ですが、詐欺師はこれを悪用するんです」
鈴木さんは言いました。
「指示されるがままにソフトをインストールしてしまいました。そうしたら、画面のカーソルが勝手に動き始めて、本当に修理してくれているんだと思い込んでしまったんです」
「そして最後に『修理費用は五万円です。クレジットカード番号を教えてください』と言われました。私は、助けてもらったお礼だと思って、番号を伝えてしまいました」
美咲は、詐欺の手口を整理して説明しました。
「詐欺師は三つのステップで騙します。第一に、偽の警告で不安にさせる。第二に、親切なふりをして信用させる。第三に、お金を要求する。これがサポート詐欺のパターンです」
そして、美咲は三つのポイントを挙げました。
「一つ目、突然の警告が出ても、慌てないこと。本物のセキュリティ警告は、電話番号を表示したりしません」
「二つ目、知らない人の指示でソフトをインストールしないこと。特に遠隔操作のソフトは絶対にダメです」
「三つ目、一番大切なこと。不安になったら、一人で決めずに誰かに相談することです」
かつて子育ての街として栄えた緑ヶ丘ニュータウン。今は高齢者に優しい街として、新しい形で輝き始めて欲しいと思います。そして大学という新しい世代の場所を街の一角に迎え、世代を超えたつながりが芽生えれば素敵だと思いました。
技術は生活を便利にします。でも、技術だけでは人は幸せになりません。技術と技術をつなぐのは、人だと、美咲は実感していました。
