どの組織も、マルチタスク型とシングルタスク型の人材がいると思います。
マルチタスク型の人材は複数の業務を並行して処理できます。迅速な対応を得意とします。一方、シングルタスク型の人材は一つの課題に深く集中し、専門性を発揮する傾向があります。
経営学者のピーター・ドラッカーは、「マネジメント」の中で、組織の成果は「人の強みを活かすこと」によって生まれると述べています。ドラッカーによれば、優れた組織とは、各人が持つ独自の能力や特性を最大限に発揮できる場を提供する組織です。弱みを克服させるより、強みに焦点を当てることで、組織全体の生産性が高まるといいます。
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この考え方の根底は、仕事は学校の勉強とは違うという認識がありそうです。
学校では「苦手な科目を克服すること」が重視されます。数学が苦手なら数学を頑張るような・・・。すべての科目でバランスよく点数を取ることで内申をあげることが求められます。
最近では、大学入学共通テストを利用しない「総合型選抜(旧AO入試)」のように、一芸に秀でた生徒を評価する枠組みも増えていますが、学校教育の現場では「苦手克服」というプレッシャーは依然として強いままです。
しかし、仕事はそうではありません。職場で求められるのは、苦手なことを平均点まで引き上げることより、得意なことで高い成果を出すことです。マルチタスクが得意な人はその強みを活かし、一つのことに集中するのが得意な人はその強みを活かす。それぞれが自分の得意なやり方で成果を発揮すればいいはずです。
だからドラッカーの考え方に立てば、マルチタスク型とシングルタスク型のどちらがいいかという問題設定に意味はありません。両者は単に異なる強みを持つだけで、優劣の関係にはありません。どちらのスタイルも組織に価値があります。両者が共存し、それぞれの強みを発揮することで組織力が強化されるはずです。
しかし、実際の組織では業務配分に大きな偏りが生じる傾向があります。いままで多くの組織で仕事をしてきましたが、大抵はどちらかに過剰に仕事が集中している印象があります。これは、ドラッカーが説く「強みを活かす」という原則から外れた状態です。
たとえば、マルチタスク型の人材に仕事が集中する組織は「見える化」の偏りがあるように思います。マルチタスク型の人材は会議への参加、問い合わせに対する回答、複数プロジェクトへの関与など、活動が外部から認識されやすい傾向があります。一方、シングルタスク型の人材が一つの課題を深く考察している時間は、外部からは「何もしていない」ように映る可能性があります。
仕事を依頼する側の心理も、偏りを助長させます。緊急性の高い業務が発生した際、担当者は「すぐに反応してくれる人」に依頼する傾向があります。マルチタスク型の人材はリアクションがいいので、継続的に業務が集中しがちです。
人事考課も「対応件数」や「スピード」といった定量的な指標が評価されやすいと思います。「今週何件の問い合わせに対応したか?」は測定が容易ですが、「一つの課題をどれだけ深く考えたか?」という質的な貢献は評価が難しいでしょう。評価システムの偏りが、マルチタスク型の働き方を過大に評価させ、その人材にさらに業務が集中する構造を生むかもしれません。
この評価の隔たりは、組織にとってより深刻な問題を引き起こす可能性があると考えています。それは「不正のトライアングル」という概念です。これは、アメリカの犯罪学者ドナルド・クレッシーが提唱した理論で、不正行為が発生する際には「機会」「動機」「正当化」という三つの要素が揃うとされています。

「機会」とは、不正を実行できる環境や状況のことです。「動機」とは、不正を行う理由や圧力です。そして「正当化」とは、不正行為を自分の中で正当化する心理です。業務が過度に集中し、適切に評価されないと感じている人材は、この三つの要素を満たしやすい状況に置かれるかもしれません。
仮にマルチタスク型の人材に業務が集中し、長時間労働が常態化しているにもかかわらず、適切な評価や報酬が得られない状況があったとします。この人材は多くの業務にアクセスする権限を持っており、それは「機会」となります。評価されない不公平感や経済的な不満が「動機」となります。そして「自分はこれだけ働いているのだから、少しくらい見返りがあってもいいはずだ!」という心理が「正当化」となります。
この三つが揃ったとき、内部不正のリスクが高まります。情報の持ち出し、不正な経費精算、顧客情報の悪用など、様々な形態の不正行為が発生する可能性があります。重要なのは、これは個人のモラルの問題である以前に、組織が作り出した構造的な問題だということです。
業務負荷の偏りを可視化する仕組み、各人の稼働状況を把握する体制、業務の種類に応じた適切な人材配置の方針といった、組織的な対策が不在の状態で、個人の努力に頼り、状況を改善することは難しいでしょう。組織は業務負荷の可視化、公平な評価システムの構築、業務特性に応じた人材配置の設計に取り組むべきだと思います。
また、不正のトライアングルの観点から、内部統制も重要だと思います。特定の人材に業務や権限が過度に集中しないようにすること、適切な評価と報酬を提供すること、組織内の公平性を保つことが、内部不正のリスクを低減するポイントです。
ドラッカーが示した「人の強みを活かす」という原則、そして「苦手の克服ではなく得意を伸ばす」という仕事の本質は示唆に富んでます、マルチタスク型とシングルタスク型の両方の人材が、それぞれの強みを最大限に発揮できる環境を整えることが大切だと思います。