叡智の三猿

〜森羅万象を「情報セキュリティ」で語る

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大陸の果ての空に銀河の光薄れて ゆらゆらと麝香色の夜明けが訪れる

現代のビジネスにおいて、情報は人や物や金と同様、もはや資産そのものです。企業として情報を適切に管理することが、信頼性を高め、持続可能な成長に直結します。

たとえ、業績が好調な会社であっても、情報漏洩や大規模なシステム障害が発生すれば、顧客との信頼関係が損なわれます。場合によっては、業務の停止や法的責任、社会的信用の失墜など深刻な影響を招くかもしれません。インターネットの普及と歩調をあわせるように、サイバー攻撃は巧妙化してます。いまやっている対策だけで十分ではありません。

情報セキュリティに取り組むことは、これからおこりえるリスクを軽減し、安心して事業を推進するための投資です。必要なのは技術的な対策だけではありません。従業員ひとりひとりの情報セキュリティに関わる意識改革を含め、組織全体で取り組む必要があります。

情報セキュリティをコストと捉えると、それは「削減する」発想になってしまいます。

情報セキュリティは、事業を持続的に成長させるための「攻め」の施策です。

情報セキュリティの製品やサービスを提供する会社は、先にあげたステレオタイプの広告で顧客を誘導します。

DX化の推進と共に、情報セキュリティ産業は、不可逆的な拡大を続けるはずです。そこに含まれるのは、セキュリティソフト、セキュリティサービス、セキュリティコンサルティング、セキュリティ人材育成などの製品やサービスの提供です。

どんな産業でも、そこで成功するのは、壁があります。情報セキュリティ産業も、もちろんそうです。産業規模は拡大しつつも、ヒット商品を生むのは困難です。

そもそも、情報セキュリティの製品やサービスは、お菓子やアパレルのように提供したら、お客様が「欲しい!」と、直感的に感じるものではありません。また、「風邪をひいたから、風邪薬を買おう」みたいな需要もありません。情報セキュリティ製品は、発生しうるインシデントを予防するための製品です。実際にインシデントが発生してしまったら、薬を服用して無かったことにするようなことは出来ないからです。

情報セキュリティ製品は、DXのトレンドを追いながら、そこから発生しうるリスクを予見し、いいタイミングで顧客に提供する必要があります。そのなかには「ウイルス対策ソフト」のような長期間にわたって安定して提供され続けている商品もありますが、一過性のブームで終わる商品も珍しくありません。

そこでわたしが思いつくのは、スマートフォンが普及した、2010年代の半ば頃、そこから発信される「電磁波」の問題を防ぐ商品です。

たとえば「電磁波シールドケース」は、ケース内部に、銅、アルミ、銀などの導電性素材〔表面電気抵抗値が10(7乗)Ω以下の材料〕を用いることで、電磁波(Wi-Fi、Bluetooth、携帯電波、GPSなど)を遮断します。導電性素材は、電気が通りやすい金属ですので、静電気がたまりにくくなります。

そもそも、金属は電気が通りやすいのですが、金属の中でも、電気の通りやすさは違います。むかし、理科の教科書で、電気を通しやすい金属の順番として 「銀>>銅>>金>>アルミニウム>>鉄」と、書いてあったのを記憶している人も多いと思います。

スマートフォンは身に付ける機器ですので、そこから発信される電磁波によって、自分の位置が特定されてしまうことが脅威となりました。そこで「電磁波シールドケース」に機器をしまうことで、GPS信号の送受信を防ぎ、プライバシーを守るのが狙いです。

さらには「電磁波」による「脳への健康被害」も脅威とされました。よくある帽子や服で使われる「ポリエステル」だと、電気がたまりやすい性質があります。そこで、化学繊維の中に導電性の良い金属やカーボンブラックを入れた帽子が販売されたりしました。

電磁波の問題は、まだまだ未知数なところがあるのですが、脅威があまりにも先走ってしまったが故に、その対策商品は一過性のブームで終わってます。後の商品が続いてないのです。

一過性のブームというと、久保田早紀の名曲「異邦人」もそうでした。久保田早紀は、1979年に出した「異邦人」は、ファーストシングルにしてメガヒットを飛ばしました。壮大なスケールの歌詞と、異国情緒あふれるメッセージがドラマチックな反響を呼びました。

しかし、そのインパクトがあまりにも強すぎました。セカンドシングル(25時)で大失速してしまうのです。


大陸の果ての空に
銀河の光 薄れて
ゆらゆらと 麝香色の
夜明けが訪れる
突然のつむじ風が
記憶の波をかすめて
遠い日も そして今日も
忘れてしまえたら
~「25時(久保田早紀)1980年」

実はセカンドシングル「25時」も前作同様に、幻想的でスケールの大きな名曲を予感させる作品です。久保田早紀は天文ファンでもあり、その世界観にわたしは共鳴してました。

しかし、「異邦人」の反響があまりにも強すぎたことで、落差が生じてしまったのです。