気が付けば、まもなく還暦を迎えるわたしがいます。
新入社員の頃は、60歳定年の努力義務化が会社に課せられていましたが、多くの先輩社員は50代で定年を迎えてました。
あの頃みてた、あの人たちは、会社も人生もすべてを知り尽くしていて、いまさらやるべきことも無いような佇まいをしていたような記憶があります。
しかし、わたしがいま還暦を迎えても、ちっとも人生を知り尽くした感覚はありません。これからの生き方についても確固たる自信もなく、「どう生きるべきか」という漠然とした不安があるのみです。
同じような感覚の人は多いんだろうと思います。
書店にいくと、どの年代にも「人生論」を説いた書籍がならんでます。人生100年時代・・・90歳からの生き方、100歳からの生き方、110歳からの生き方。きっと幾つになっても、わたし達はどうやって生きていくべきかを迷っているのでしょう。

シンガソングライターの tuki. は、15歳にして「晩餐歌」という優れた楽曲をリリースしました。多くのアーティストにもカバーされたこの歌は、「晩餐」という豪華な宴のイメージと、そこに潜む終わりや別れの気配を対比させる表現が随所にあります。
祝祭と退廃が入り混じる幻想的な世界観・・・わたしはこれからも、何万回夜を過ごしたって忘れぬような最高のフルコースを求め続ける生き方をするんだと思います。
わたしにとって、ラッキーなのは、20代からIT業界に身をおいていたことかもしれません。
ITは不可逆的な成長をしているので、これだけ知れば必要にして充分という終着点がありません。いまは「生成AI」の賢さが注目されてますが、それはこれからの進化のはじまりでしかありません。そして、その賢さがわたし達のライフスタイルに、どんな光をあたえ、またどんな影を落とすかの予測は困難です。
ですので、ITの仕事は予測困難という前提で、いまの業務を効率化するために前に進める必要があります。還暦を迎えても、何も分かっていないと感じるわたしは、不安よりも多くの期待を抱いてます。
いっぽう、ITの面白さは進化し新たな技術がどんどん出続けつつも、レガシーも残り続けていることです。わたしが1990年に社会人になったとき、事務処理のプログラム言語の主流は COBOL でした。その COBOLは2000年に入ると、終焉と言われました。多くのエンジニアは Java のようなクラスベースのオブジェクト指向に転身しなければ、生き残れないと言われました。転身に成功した人は、「勝ち組」と言われました。
しかし、実際はちょっと違います。COBOL は現在も多くの金融機関や官公庁で利用されてます。それは、COBOL には長い歴史を経た高い信頼性があり、大量データ処理能力が確保されているからです。いまでも、既存システムの保守・運用が案件が存在します。レガシーである COBOL と新しい技術とを統合する需要があります。
ですので、COBOLエンジニアはいまも安定した仕事があります。
「勝ち組」と言われた Java のエンジニアですが、それが必ずしもハッピーな将来を約束されたわけではありません。
Java 開発の現場は、炎上しているプロジェクトが多くあります。
開発コストがかかり、予算オーバーしている
毎日、残業しなければ仕事が終わらない
要件はたびたび変更されるのに納期が変わらない
案件はたくさんあるのですが身体と心がついていけないエンジニアが多くいます。それはワークライフバランスを実現する上での障害になります。
また、Java は Oracle開発環境などに含まれる不具合が攻撃の対象となります。アプリケーションが異常終了したり、PCが乗っ取られたりするなどの被害もあります。Java アプリは基幹システムで利用されることが多いので、攻撃された場合の影響が大きいのも課題です。定期的にセキュリティアップデートをすれば、かなりの改善が期待できますが、現場が炎上していると基盤の整備が追い付かないのが実態です。
さて、60歳になるわたしは、あと5年でいま働いている会社の規定では「定年退職」になります。
もちろんこの5年は、消化試合ではありません。いま参画しているプロジェクトで成果を発揮しつつも、定年後を見据え、「雇用されない働き方」を探す旅になるんだと思います。
そして、仕事以外の人とのつながりを大事にしていく必要があるんだろうとも思います。