叡智の三猿

〜森羅万象を「情報セキュリティ」で語る

当サイトは、アフィリエイト広告を使用しています。

泣かないでひとりで ほほえんでみつめて

大学に入学して間もない頃(1985年)、広島に行く機会がありました。

そこで広島に住む叔父の車に乗せてもらいました。わたしは自動車教習所に通う身で、まだ運転をできません。

とても清潔で心地よい車内で、カーステレオから流れる曲はひたすら「安全地帯」でした。


泣かないでひとりで
ほほえんでみつめて
あなたのそばにいるから

夢にまで涙があふれるくらい
恋はこわれやすくて
抱きしめる腕のつよさでさえなぜか
ゆれる心をとめられない
~「悲しみにさようなら(安全地帯)1985年)」

叔父は「もう、安全地帯にハマっちゃってね~いまはずっとこれよ」と言いながら、楽しそうに運転してました。

広島は男性を中心としたミュージシャンの宝庫です。吉田拓郎、矢沢永吉、世良公則、浜田省吾と、縁の深いアーティストを数え上げればキリがありません。1985年は吉川晃司がデビュー2年目で「You Gotta Chance 〜ダンスで夏を抱きしめて〜」がヒットを飛ばし勢いがありました。

広島生まれの叔父が広島出身でないアーティストに惹かれているのは、やや意外な気がしましたが、歌を聴いているとそれも納得です。ボーカル、玉置浩二の力強く伸びのある高音と、甘く優しい中低音の響き、豊かな感情表現は、明らかにそれまでのシンガソングライターの歌う技術とは一線を画してると思いました。

安全地帯は1980年代半ばに有名になりましたが、意外と下積みが長いことでも知られてます。結成は1973年、中学の同級生だった玉置浩二、武沢豊ら3人でスタートします。そこから、音楽と向き合いながら、やがて井上陽水のバックバンドに起用され、地道に実力を積み上げた後に メジャーになっていきます。

特徴的なバンド名の由来について、ウィキペディアではこう書かれてます。

旭川市内に路線を持つ路面電車、旭川電気軌道の電停にある安全地帯の標識が、「Victory」の頭文字「V」に似ていたことで、初期のバンドメンバー・進藤による命名である。他案に『危険地帯』も候補に上ったが、「ロック=危険(な音楽)」というイメージを連想させることが平凡なため、採用しなかった。

その後、玉置浩二は結婚と離婚を繰り返す、かなり破天荒な生き方は「安全地帯」よりも「危険地帯」の方がずっと似合っているように思ってました。

しかし、昨年の紅白で「悲しみにさよなら」をオーケストラの演奏とともに披露した際、「紅白歌合戦をご覧の皆さまの心の平安と世界の平和を願って、悲しみにさよなら」という言葉に感銘を受けました。

「やっぱり、危険じゃなくて、安全地帯なんだなぁ~」と、思いなおしました。

イメージとしては「危険」と「安全」の緩衝地帯にいるのかもしれないとも思います。

情報システムのネットワークにも、「安全」と「危険」の緩衝地帯があります。そこは、DMZと呼ばれるのですが、そこは一定のセキュリティを保ちながら、外部に公開するネットワークセグメントです。

ネットワークセグメントの例

DMZの本来の意味は、敵対する二国間に設けられた中立地帯を意味します。朝鮮半島の38度線周辺にある韓国と北朝鮮の間の「DeMilitarized Zone:非武装地帯」がもっとも有名ですね。この区域では、軍事行動が禁じられ、武装兵力の配置や攻撃が制限されています。衝突のリスクを減らすための緩衝地帯としての役割を果たしてます。

それが、ネットワークに転用されました。ITの関連用語は、軍事に由来する言葉多く、DMZもそのひとつです。

DMZには、社外からのアクセスが必要なサーバー、たとえばWebサーバーやメールサーバー、DNSサーバーなどが配置されます。DMZの主な目的は、インターネットからの直接的な脅威から社内ネットワークを守ることにあります。

DMZは、二つのファイアウォールによって構成されることが通常です。一つはインターネットとDMZの間に置かれ、もう一つはDMZと社内ネットワークの間に設置されます。そうすると、外部から来た通信はまずDMZに届き、社内ネットワークには直接到達できないようになっています。仮にDMZ内のサーバーが攻撃されても、社内の重要な情報資産(顧客情報や機密情報)が格納されているシステムに影響が及ばないように設計されています。

いわば、DMZはホテルのロビーのようなものです。ロビーには、ホテルの案内がされ、来訪者をもてなすためのカフェやレストランがあります。ロビーはホテルの顔というべき存在です。しかし、ルームキーがなければ、プライバシーが確保された客室に入ることは出来ません。来訪者が宿泊客とやりとりするには、フロントとのやり取りが必要です。