インド料理の美味しさに目覚めたのは1990年です。この年、わたしは社会人になりました。
当時の職場は、赤坂見附です。
赤坂にはバターチキンが圧倒的に人気があった「モティ(赤坂見附店は2011年閉店)」と、シックな内装の「ザ・タージ(2008年閉店)」という、ふたつのインド料理の名店がありました。
このふたつのインド料理店は、職場同僚とのランチや、夜ごはんで何度も利用しました。
あの頃、20代の若者がデートで使うレストランの代表はイタ飯でした。
イタリアンはバブルの象徴です。
エスニック料理店もじわじわと増えてきました。エスニックはイタリアンよりもリーズナブルです。イタリアンやフレンチで散財し、ややお金に不安があるときは、エスニックレストランでデートするのが定番でした。
インド料理は典型的なエスニックですが、エスニックブームの流れには乗ってないイメージです。1990年代に於けるエスニックブームの主流は、タイ料理店でした。西麻布の「ライステラス(2017年閉店)」や、今はファミレス化した同じく西麻布の「モンスーンカフェ(西麻布店は2012年閉店)」が典型です。
インド料理は東銀座の「ナイルレストラン」など、老舗が多くあります。赤坂の「モティ」や「ザ・タージ」は、1970年代には既に存在してました。インド料理店はエスニックとしての安定感はありますが、バブルの流れで増えた感じはありません。
時代は変わりました。
希少性があったインド料理店は、いまは多くの街にあります。
ファミリー層の住む大規模な、この港北ニュータウンにも多数のインド料理店があります。
かっては、デートの決め球として使っていたインド料理店は、いまは近所の家族がちょっと食べにいく定食屋さんのようです。
そもそもインド料理の主役はカレーなので、好き嫌いが分かれません。本来は家族向きのメニューかもしれません。
港北ニュータウンのインド料理店でいちばん好きなのが、中川駅近くにある「yabin(エビン)」です。ここは、インド料理がメインですが、タイ料理もあります。
お店は駅から近いのに、車が通れないひっそりとした歩道に面しています。味もさることながら、このロケーションが好きです。
カレーとナンの組み合わせは定番でもちろん美味しいのですが、わたしはビリヤニ(チキン、マトン、シーフード、野菜から選べます)と、カレーを組み合わせるのが好きです。
このお店に限らないのですが、何店舗かのインド料理店に通い思うのは、従業員がいつも同じ顔ぶれということです。
街中にある多くのお店はアルバイトの店員さんが接客してます。アルバイトなので、時がたてば、働く人の顔は変化するのが普通です。でも、インド料理店は、シェフも接客する人も、共同経営者の如くずっと同じ人が運営している印象です。
この家族経営的なスタイルが、インド料理店が街に増えた要因のひとつでしょう。
いまは、人手不足でお店がつぶれるケースが増えてます。わたしの地元でも人気店だったのに急に閉店したお店もあります。理由は「アルバイトが確保できなかった」からです。
下記は帝国データバンクの調査「特別企画: 人手不足に対する企業の動向調査(2024 年 10月」からの抜粋です。アフターコロナで、飲食店の人出不足が深刻な状況は下落傾向にありますが、やはり高い割合であることに変わりはありません。
~帝国データバンク:人手不足に対する企業の動向調査(2024年10月)より
飲食業は接客を伴います。接客をすること自体に向き・不向きがあります。誰もができる仕事ではありません。職場内でのコミニュケーションが必要不可欠です。接客は出来ても、職場内での人間関係が上手くいくとは限りません。
一般的に賃金が高くないことも離職の原因になるでしょう。
インド料理店は、接客のためにアルバイトを雇うというよりは、働く人が皆、お店の共同経営者のようです。
それが、お店を経営する際の、安定感につながってるんだと思います。