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映画「名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN」の試写会に行きました

2月28日(金)から全国公開となる映画「名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN」の試写会に行きました。

試写会会場の一ツ橋ホール(神保町)には、幅広い年齢層がいました。女子高校生も見かけたし、老人もいました。

この映画は、ボブ・ディランの伝記映画です。ディランのファン層を考慮すると、平均年齢は若く感じました。ディランを演じる「ティモシー・シャラメ」が若いからだと思います。実際、ボブ・ディランの音楽を知らない人も試写会には来てました。

この映画はティモシー・シャラメの「ディランなりきり感」がすごいと話題になってます。

確かにすごかったです。

はじめは、ディランを真似た声にしては、普通に聞きやすいことに多少の違和感を覚えました。でも、これでもか、これでもかと、ディランの名曲が披露されるなか、ティモシー・シャラメにディランが憑依した感覚になりました。

ティモシー・シャラメだけではありません。

フォークの重鎮、ピート・シーガーを真似たエドワード・ノートンも、フォークの女王「ジョーン・バエズ」を真似たモニカ・バルバロも、物語が進行するなかで、そっくりさんとしか思えない感じがしました。

わたしはディランについて研究した本や映像作品をとても多く見てきてます。映画で描かれてるそのものは、ほとんどが知っていることでした。そういう意味で、この作品からの新たな発見はありません。ただ、歌の挿入がとても多く、歌と歌との間に多少の会話が差し込まれたような演出はびっくりしました。伝記映画に求めらるリアリズムに、ミュージカルの要素を取り入れた感じがしました。

この作品は、史実といくつか違いがあります。

いちばん目立ったのは、ディランの当時の恋人はスーズ・ロトロですが、作品ではシルヴィという役名で、エル・ファニングが演じてることです。ロトロにとっては、恋のライバル?ともいえる、ジョーン・バエズが実名で出ているので、スーズ・ロトロだけ名前が違うことに違和感というか混乱しました。

ボブ・ディランにとって、スーズ・ロトロは、非常に重要な存在です。一時の恋人というだけではありません。無名のディランを社会派フォークシンガーとして時代の寵児に導いた立役者です。そもそも映画の中核となる1963年のアルバム「フリーホイーリン」のジャケット写真ではディランとロトロは寄り添ってます。伝記という意味合いからすると、実名でなければ変です。既にスーズ・ロトロは亡くなっているので、本人のプライバシーを侵害する概念もないはずです。

にも関わらず、実名で出さなかったのは、名誉毀損にあたる可能性を考慮したのかもしれません。

映画からちょっと脱線します。昨年の兵庫県知事選挙では、自殺した元県議に対して、名誉を傷つけるような投稿がYouTubeやSNSに多数アップされました。あのとき、元県議が自殺した原因の真偽を十分に検証しないまま、情報発信を行う行為が問題になりました。それによって、遺族の感情が著しく傷つけられました。本人は亡くなっていても、真偽不明な情報の拡散は、民事上の不法行為の責任がありそうです。

話を映画に戻すと、カップルの関係は、ともすれば個人の名誉に関わる機微な問題があります。それは特に破局の場面です。

映画のなかで、シルヴィはディランがバエズと、ニューポートフォークフェスティバルで「悲しきベイブ」デュエットする場面をステージの裏から見ます。そこで、嫉妬をあらわにします。

Go away from my window
(私の窓から離れてください)
Leave at your own chosen speed
(自分の選んだ速度で出ていきなさい)
I′m not the one you want, babe
(わたしは、あなたが望む男ではありません)
I'm not the one you need
(あなたが必要としている男ではありません)
~ It Ain't Me Babe (悲しきベイブ)

シルヴィは、ディランとバエズの歌を聴きながら、この歌詞が自分に対して向けられていると感じてます。しかも、デュエットに10万人もの聴衆が大歓声をあげているのです。

恋人のシルヴィにとって、これは公開処刑です。

「わたしは皿回しの皿」

という言葉を残し、シルヴィはディランの元を立ち去ります。

普通のラブコメでも、これほど、ドラマティックな破局はそうそうお目にかかれるものではありません。実際の別れ方は、もっと地味で静かなものだったはずです。

確かに伝記映画としては、実名で出すのが自然です。でも、エンタテイメント作品です。フィクションも必要です。作品のモデルにはするものの、架空の人物として描いた方がいいと判断したと想像します。

試写会が終わると、拍手がおきました。

一ツ橋ホールから出る途中、わたしの後ろで若そうな女性が、ふたりで話している声が耳に入りました。

「わたし、ボブ・ディランって知らないんだけど、知らなくても楽しめたよね。」

「うん、知っていれば、もっと楽しめたと思うし、かっこよかった。」

それを聞いて、やはり、物語はフィクションが重要なんだと改めて思いました。

映画の興奮が冷めやらぬまま、神保町にある人気の立ち食いラーメン屋さんで、わかめラーメンをすすりました。安い(850円)!チャーシューの量多い!


ラーメンを食べている間、店内から聞こえる音楽はビートルズのメドレー。

「そういえば、ビートルズの存在については、映画ではあまり取り上げられなかったな~」

ディランがフォークからロックへの転身をはかった背景にビートルズの存在を抜きにして語ることができないからです。

  • 2月28日(金)公開