叡智の三猿

〜森羅万象を情報セキュリティで捉える

伝説を生で観る

昨夜、7年ぶりに生のボブ・ディランの歌を聴きました。

前回(2016年)は、渋谷のBunkamuraオーチャードホール でのコンサートを観にいきました。そのときは「ボブ・ディランって、こんなにつるんとした綺麗な声で歌えるんだ!」と、衝撃を受けました。

そして、今回のコンサートは別な衝撃を受けました。

まず、館内の入場に際して、びっくりしたのは、検査が厳しかったことです。

来場者は係員の目の前で、スマホの電源を切って、YONDR と呼ばれるポーチに入れます。このポーチは館内に入ると磁気の力でロックがかかる仕様になってます。

その後、別な係員による金属探知機による全身検査が行われます。さらに、別な係員によって手荷物検査が行われました。徹底してライブを録音するような行為が発生しないことに全力を傾けていました。

ここまで、セキュリティに厳格なコンサートに遭遇した経験はありません。

アーティストの情報セキュリティで真っ先に連想するのは、著作権だと思います。

著作権は著作物を保護するための権利です。 著作権法による定義では、著作権とは「 思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸 、学術 、美術又は音楽の範囲に属するもの」としています。

音楽の著作物は当然、著作権法の対象ですので、コンサート会場にスマホを持ち込んで、アーティストの演奏を録音・録画するのは、著作権を侵害しているように思えます。

しかし、著作権には制限があります。

著作物を複製したものを個人的に又は家庭内で鑑賞することは、私的使用のための複製にあたります。ですので、撮った動画をYouTube にアップすることは問題ですが、あくまで私的利用であれば著作権法に違法になるわけではありません。

しかし、ほとんどのコンサートは、申込にあたって、録音を禁じることを案内しています。

今回のディランのコンサートの申込ページには、以下の記載があります。

チケット申し込み前に必ずお読みください
アーティストの意向により、本公演はスマートフォン・携帯電話、並びにオペラグラスを含む双眼鏡類の持込を一切禁止いたします。スマートフォン・携帯電話をお持ちの方は、会場入り口にて主催者が用意したYONDRと呼ばれるロック付きの専用ポーチに収納して頂きます。専用ポーチはお貸出し致します。会場内でスマートフォン・携帯電話の使用が発覚した場合、即ご退場頂きますのであらかじめご了承下さい。

コンサートを申し込むということは、契約に同意してことになるので、スマホを会場で使用した場合は、契約違反になります。

話が横道にそれますが、ボブ・ディランのコンサートと、著作権は歴史的に因縁があります。

ボブ・ディランのコンサートで有名もののひとつが、1965年 のニューポートフォークフェスティバルです。

名称から想像できるように、このフェスティバルはフォークを愛する人たちの集まりです。当時、フォークのプリンスと呼ばれた ボブ・ディランですが、このコンサートでは、アコースティック・ギターからエレキ・ギターへ転向して、「マギーズ・ファーム」を歌ったのです。フォークファンは、この転向に激怒し、ディランにブーイングを浴びせたといいます。

もうひとつ有名なのが、1966年 のロイヤル・アルバート・ホールのコンサートです。

このコンサートは前半はフォークで、後半はロックという変わったスタイルを取ってたのですが、最後の「ライク・ア・ローリング・ストーン」を演奏する前に観客席から、こんな声が飛びます。

  • Judas!「ユダ!(裏切り者)」

これに反応して、ディランはこう観客に放ちました。

  • I don't believe you.「お前のことは信じない」You're a liar!「お前は嘘つきだ」

これらの出来事はボブ・ディランが単なる有名なミュージシャンから、伝説のミュージシャンに変わるきっかけとなりました。

ニューポートやロイヤル・アルバート・ホールのコンサートは音質の悪い海賊版として販売されてました、わたしは海賊版を聴くことで、コンサートでの出来事を事実として受け止めました。ブートレッグ・シリーズとして、コンサートの公式版が販売されたのは、ずっと後になってです。

著作権を無視した海賊版は、ディランを伝説に仕立て上げた立役者ともいえます。

今回のコンサートで、ボブ・ディランがこれほどまでに、厳しく録音を禁じるのには、単なる好き嫌いを超えた何らかの深い意味があるのでは!?と考えます。

もちろん、その答えはディランにしか分からず、ディランはその答えを明かすことはないと思います。まさに、答えは風に吹かれています。

さて、コンサートホールに入ってびっくりしたのは、お客様の多くが本を読んだり、紙と鉛筆を持ってメモをしたりするシーンを多くみたことです。

これはスマホを利用することが物理的に不可能なため、誰一人として席で機器を扱う人はなく、本を読むくらいしか時間を持て余せないからです。

コンサートがはじまるまでの待機時間を本を読んで過ごすのは、とても贅沢な光景に映りました。

わたしはカバンに村上春樹の「一人称単数」という短編集を忍ばせていたので、開演までその本を読みました。

僕は外野手のお尻を眺めるのが好きだ。
というか、だらだらとした負け試合を
外野席で一人で見ているとき
外野手のお尻をじっくり眺めるほかに
どんな愉しみがあるんだろう?
~「ヤクルト・スワローズ詩集」より

わたしはこの前のロッテとカープのオープン戦で見た西川選手のお尻って、どんなだったかな?と、思っていると、館内が暗くなりいきなり爆音でベートーヴェンの第九、第一楽章が流れました。そして、間髪をいれずボブ・ディランは「川の流れを見つめて(Watching The River Flow)」を歌い始めます。

ディランはピアノを正面に据えて、観客席を向いてます。

「歌声、はっきりくっきり出ている!」

ディランは81歳とは思えないチカラのあるボーカルを披露してました。

ディランの強いボーカルに、わたしは目頭が熱くなりました。

今回の選曲は、前奏や後奏がかなり排除されていて、かつ、ディランは曲と曲の間に休みを入れることも、MCもありません。コンサートの終了までの18曲、ずっとディランは歌い続けてました。

ファンが楽しみにしているハーモニカも2曲で吹かれました。とくにラスト曲の「エヴリー・グレイン・オブ・サンド」のハーモニカは、長く、力強く、エンディングに相応しい名演奏でした。

そして、特筆すべきは、選曲の多くが、2020年に販売された「ラフ&ロウディ・ウェイズ」という新作アルバムからのものだったことです。旧作も演奏されましたが、誰も知っている あの頃の名曲 ではありません。ファンでも見落としされがちな佳作を選んでました。

81歳にして、新作をメインで歌うのは尋常なことではありません。というか、そもそもディランのような大御所は新作を作る必要はありません。数多くの有名曲を演奏すれば、ファンは充分満足します。「いいコンサートだったね!」と感想を持つでしょう。実際、多くの大御所のコンサートはそんなものです。

しかし、敢えて、ディランはファンも知らない曲で勝負しているようです。それは、ディラン自身が「自分は老いぼれていない、まだバリバリの現役なんだ」と、聴衆に訴えているようにも見えます。

ボブ・ディランは今でもファンの期待を裏切っているのです。

コンサート終了後、帰宅するファンが口々に言ってました。

  • やばいよね、泣きそうだったよ!
  • 物販、行列スゴイね、あれを演られると、おかわりしたくなるよね。

ありがとう、ボブ。またの来日を楽しみにしています。