叡智の三猿

〜森羅万象を情報セキュリティで捉える

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年功序列と成果主義を通じて

わたしが新卒で入社した会社は、2万人の社員を抱えるメーカーでした。配属は社内の情報システム部門です。わたしがいる部屋には、50人程度の社内SEが在籍していました。配属されてまず驚いたのは課長が8名もいたことです。課長の下には1名から3名の係長がいるので、50名の社内SEの半数は役職者でした。

先輩社員に「課長が多いですね」って、話をすると先輩はこう言いました。

これが日本の大企業なんだよ。みんな年齢を重ねると、昇給させるために役職を与えなきゃいけないだろ。

でも、〇〇課長とかって、仕事してないですよね?ずっと机で新聞読んでますよ。

お前は見えてないな。〇〇課長は暇しているんじゃなくて、新聞を読みながら、他社と差別化するには、どんなシステムを作ればいいかを考えてるんだよ。そのためには、新聞を読んで世界情勢を知ることも仕事なんだよ。

✕✕課長は一日中、女子社員としゃべってますよね?仕事してないように見えますよ。

お前「ほうれんそう」って知っている?野菜じゃなくて、報告、連絡、相談のこと。✕✕課長はしゃべってるんじゃなくて、部下の相談にのってるんだよ。へらへらしているように見えるかもしれないが、あれば部下が話をしやすいように演出しるんだよ。

そして、「お前も20年したら、課長になれるから、がんばれよ!」と、励ましてくれました。

わたしのはじめての仕事は、オペレータです。キンキンに冷えた窓のないコンピュータ室にこもって、モニターにコマンドを入力したり、汎用機に記憶装置を装着したり、出力された帳票をセパレートして部署に配布するのが仕事です。3交代制で、朝番・昼番・夜番を週単位で繰り返しました。独身寮にはエアコンがなく、夏の昼間が空き時間のときは、誰ともあそべないし、金もないし、かといって部屋にいるのはしんどいので、近くの市民プールで寝そべって時間をつぶしていました。

この当時、仕事への不満はなく、人間関係も良好でした。ただ、給与が低いのが不満でした。年功序列なので、課長になればそこそこ高い年収をもらえることは分かっても、20代のわたしはもっとお金をもらって贅沢したいと思いました。

新卒で入社した会社には9年在籍しましたが、新卒のときから大して給与があがることなく、転職しました。

転職によって年収はアップしました。

新しい会社は社員が10名に満たない設立5年目のベンチャー企業でした。

わたしはシステムコンサルタントとして採用され、製造業を中心としたサプライチェーンを最適化する提案書をいくつも書くようになりました。

報酬は成果主義に基づく年俸制でした。仕事はきつく、夜10時で退社すると「今日は早いね~」と、同僚から声をかけられるような日々でした。システムコンサルタントといっても、コンサルの仕事だけをすればいいわけではありません。ベンチャー企業では、企画も営業も事務処理もすべて自分でこなす必要がありました。

会社としてのネームバリューはありません。頼れるのは、仕事に対するプライドだけです。どうしたら顧客を満足させらるかを常に考え、そのために必要な努力をしてきました。

顧客からの信頼を勝ち取り、成果をだせば、自分の裁量でできることが多くあります。確かに仕事はきつかったのですが、大企業では味わえない開放感がありました。

ただ、何年か勤めるうちに、成長の限界を感じるようになりました。

成果を発揮するため、仕事へのモチベーションは常に高いのですが、社員はみんな独立独歩な雰囲気を漂わせていました。同じ会社なのに、チームワークという精神に乏しく、なんのために一緒にいるのかが、よく分からなくなってきました。

ひとりでできることは限られています。理想は会社や組織としての目標をたて、社員は同じ目標を達成するために協力していくことです。組織にはリーダーシップを発揮する社員もいれば、優れたフォロワーになる社員もいます。社員は自らの役割を認識し、足りない部分をお互いが補っていくことが大切だと思います。そうすれば、ひとりでは達成ができない仕事や、より大きな仕事にチャレンジできます。会社としても個人としても、大きな成果につなげることができます。

成果主義が絶対になると、社員はリスクの大きな仕事をして失敗することを避け、確実にできる安全な仕事を選ぶようになります。それは、明日の100万円より、今日の10万円が大事だという発想です。

それだと会社の成長は期待できません。

年功序列も成果主義も経験したわたしが言えるのは、どちらも一長一短ということです。