村上龍の「13歳のハローワーク」は、中学生に向けて、国語、社会、数学、理科、音楽、美術、技術・家庭、保健・体育、外国語、道徳、の興味別に適した職業を紹介する本です。旧版は2003年に刊行されていますが、新版となったいまもハードカバーで売られているロングセラーです。この本を見ると、ITに関連した仕事もあるのですが、あまり目立ちません。それだけ、世の中には多種多様な仕事があり、中学生の段階で自分の興味ある職業の対象を探すことは意味深いと思います。
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「13歳のハローワーク」には、情報セキュリティに関連した仕事も掲載されています。そのなかに「暗号作成者」という興味をそそる職業があります。この職業は数学の計算が好きな人に適しているようです。
暗号は、受信者以外に知られることのないよう、秘密裏に情報を伝えるための特殊なメッセージである。たとえば「ガリア戦記」に、著者であるユリウス・カエサルは、部下あてのメッセージを暗号で送ったという記述を残している。~「13歳のハローワーク(村上龍)」より
この暗号メッセージは換字式暗号ーーー別名「カエサル暗号」と呼びます。下の図のように文字を後ろにずらして暗号化します。この暗号化方式はシンプルですが、いまのビジネスシーンで使うことは推奨されていません。「選択平文攻撃」という暗号を見破る方法があります。これは、攻撃者が選択したある平文を何らかの方法で正規のユーザーに暗号化させ、元の平文と得られた暗号文から暗号のロジック(暗号鍵)を推測し、同じ暗号鍵を用いて作られた暗号を解読しようとする方法です。
ところで、2020年代は、量子コンピューターが登場し、世界を変えると予測されています。量子コンピュータが登場すると、演算能力が飛躍的に増加しますので、いま安全とされている暗号技術は一瞬にして無力になります。
暗号作成者は、量子コンピュータの時代に呼応した暗号化技術を生み出す必要性に迫られています。
「目には目を歯には歯を」ということわざがありますが、量子コンピュータに対しては量子暗号の技術が注目されています。
量子暗号の原理は、量子が観測により収縮することを利用しています。量子暗号は「重ね合わせ」の状態で保持されます。
「重ね合わせ」の状態とは、どんな状態なのかを補足します。
量子は粒であり波の性質があります。ですので、ひとつの量子がこんな感じで波のように広がっていることをイメージしてください。このとき、量子がどの場所で発見されるか・・・A地点、B地点、C地点・・は、確率によって示されます。波の高さや深さの二乗がその場所における電子の発生確率に比例します。仮にA地点で量子が発見される確率が5%とします。B地点とC地点は絶対値で見るとA地点の高さの2倍です。その為、発見する確率は2倍の2乗ですので4倍です。B地点、C地点での発見確率はそれぞれ20%となります。
ひとつの量子が波のように広がっているとき、わたし達はそれを発見することは出来ません。これを「重ね合わせ」の状態といいます。
もし攻撃者により暗号を観測したら、「重ね合わせ」の状態はどこかの地点に収縮されます。その為、観測されたことが記録に残ります。すなわち、暗号鍵が危殆化(きたいか)されると、それが瞬時にわかります。危殆化とは、暗号鍵の情報が第三者に漏洩、またはその恐れがあるなど、 暗号鍵に対するセキュリティレベルが著しく低下した状態をいいます。
暗号鍵(秘密鍵)が漏れないように管理し、漏れた(危殆化)と判断する材料を得るのは、難しく、情報セキュリティの重要な課題です。
量子暗号は漏れたことが瞬時に分かるので革新的な暗号技術なのです。
暗号作成者は、数学や物理学の高い知識をもった人が選択する職業なのでしょう。