最近は政治家や評論家や経営者が、口をそろえて「安全安心(若しくは、安心安全)」という言葉を使う気がします。でも、安全と安心って、何が違うのか?分るような分からないような印象はありませんか?そもそも、安全と安心はセットでつなげて発信する言葉でしょうか??
学生時代「安全」は工学分野で学んだことがあります。或いは、運転免許を取得するとき「安全運転」に関する知識を学びました。さらには、このブログのメインテーマである、情報セキュリティの分野で、「安全性の維持」は、重要な特性とされます。IoTの進化によりネットは、医療機器への活用や自動運転に進みます。もしも、サイバー攻撃があると、生命の安全に危険を及ぼす可能性があります。
一方「安心」について、わたしは特別なことを学んだ記憶がありません。
そこで「安全」と「安心」の関係について、考えたいと思いました。
サプライチェーンマネジメントの仕事でよく使う「安全在庫」をテーマにしてみます。
製造業、小売業、卸売業・・・在庫を抱える企業は、在庫管理業務が必須となります。在庫管理業務を誤ってしまうと、欠品が生じ販売機会を損失したり、過剰在庫が発生し、廃棄処分になることもあります。多すぎず、少なすぎず在庫を適正にコントロールすることが、企業の利益に貢献します。
在庫管理業務のなかで、在庫を示す言葉は、たくさんあるのですが、安全在庫とは「調達リードタイムの期間中に於ける、需要が上振れした際に欠品リスクを回避するために持っておく在庫量」のことです。
安全在庫は統計に基づく計算式によって決まります。但し、在庫管理の実務のなかで、個別製品の安全在庫をいくつに設定するかは、担当者の判断に委ねられます。その為、統計に基づく計算式で求める安全在庫を統計的安全在庫として、区別することもあります。
統計的安全在庫の計算式は次の式です。
- 安全在庫=安全係数 ✕ 出荷量の標準偏差 ✕ √調達リードタイム
ここで、ひとつひとつの言葉について説明します。
安全係数
安全係数とは、欠品をどれくらい許容するかによって決まる値です。たとえば、欠品を1%許容するということは、欠品率は1%です。顧客からの購買要求が100回発生した場合、1回は欠品が発生するということです。
欠品率の裏返しがサービス率です。欠品率が1%なら、サービス率は99%です。
そして、安全係数はエクセル関数のNORMSINVを使って求られます。安全係数を求める式は次のようになります。
- 安全係数=NORMSINV(サービス率/100)
以下がNORMSINVを使った安全係数の値となります(小数点第三位未満は切り捨てしてます)。欠品率が0%(サービス率100%)に対応する安全係数を数学的に求めることは出来ません。在庫管理の実務では、定番品などは5%の欠品率を採用することが多いと思います。
出荷量の標準偏差
標準偏差はデータのばらつき(分散)を示す値です。
- 標準偏差=√分散
日々の出荷量のばらつきが大きい品目と、ばらつきが少ない品目があれば、ばらつきの大きな品目の方が標準偏差が大きく出ます。
標準偏差もエクセルを使えば簡単に求められます。ここではSTDEV.Pという関数を使って3つの品目の標準偏差を求めてみました(小数点第三位未満は切り捨てしてます)。母数は直近7日間の日々の出荷数としています。図を見れば明らかですが、3つの品目は日々の出荷にばらつきの大小はありますが、平均するとすべて同じ値(10個)です。しかし、標準偏差は0から7.6まで大きく差異が出ることが分ります。
なお、エクセルで標準偏差を求める方法は、全データ(母集団)を計算対象にする場合と、対象データの一部を抜き出した標本を対象にする場合で、関数が異なります。全データを対象にする場合は、STDEV.Pを使います。一部を抜き出した標本を対象にする場合は、STDEV.Sを使います。またこれは、Excel2010以降で使用できる関数です。それ以前のバージョンでは、STDEVP若しくはSTDEVを使います。
調達リードタイム
調達リードタイムは、発注リードタイムと計画リードタイムの和です。発注リードタイムは、仕入先に発注してから納品されるまでの日数です。計画リードタイムは発注してから次の発注をするまでの日数です。週に一度の発注であれば、計画リードタイムは7日です。
仮に調達リードタイムを5日として、品目A、品目B、品目Cの安全在庫を欠品率5%と1%で計算すると、次のようになります。安全在庫は小数点第一位を四捨五入しています。
品目A、品目B、品目Cは、どれも平均出荷数は10個なのですが、安全在庫はかなり異なる結果となりました。
ところで、安全在庫について勘違いしがちなのは「これだけ持っておけば安心な在庫量」という考え方です。安全在庫は計算式から読み取れるとおり、出荷量の標準偏差とリードタイムを変数として、欠品率の許容レベルによって求める科学的な数値です。しかし、在庫管理の実務では、もっと広い角度から在庫量を捉えて安心を求めます。
たとえば、テレビ番組で品目Aが取り上げられたら、品目Aの出荷が大きく上振れすることが予想されます。しかし、安全在庫の算出ロジックは過去の出荷量は考慮されますが、未来の出荷量は考慮されません。せっかくの販売機会を掴みたい発注担当者(マーチャンダイザー)は、システムから算出された安全在庫に不安を持ちます。不安を安心に変えるべく、担当者はより多めの在庫を持とうと計画します。ただ、どの程度、在庫を多めに持つかは、番組の反響の大きさに左右されます。これは未知数です。ここは、担当者の経験、勘、感性に委ねられます。もし、どんぴしゃで適正な在庫量を計画したら、それは一種の魔術なのかもしれません。
ビジネスにて、安心在庫という言葉は聞いたことが無いのですが、担当者の経験、勘、感性に委ねられた在庫は安全在庫ではなく、安心在庫と言えます。
結局、安全とは客観的・科学的な裏付けがある情報で、安心は主観的・魔術的な情報ということだと思いました。