「選択と集中」による固定費の削減
平成から続くデフレのなか、日本の製造業は「選択と集中」戦略を採用しました。不採算事業からの撤退や縮小、工場の閉鎖、人件費の抑制など、合理化による「固定費の削減」をベースとした原価低減を進めてきました。
製品の製造にかかる原価は、原材料費のような変動費と、工場の家賃・減価償却費や人件費などの固定費で構成されます。原価低減の施策としては、変動費を下げる方法と固定費を下げる方法があります。
もし変動費である原材料費を下げると製品の品質に影響を及ぼしかねません。たとえば、牛乳を使った食品製造では、コストを下げるため、一定量の脱脂粉乳を混合して使います。しかし、あまり脱脂粉乳の量を増やすと、味が落ちてしまいかねません。
一方で固定費である工場の家賃が下がる分には、製品の品質への影響を抑えたままで原価低減が出来ます。
売上の拡大は限界があります。いまの売上を維持したまま、原価低減をはかるには、固定費の削減がやりやすい方法です。
「選択と集中」戦略で、固定費の削減は、経営効率化の特効薬なのです。
工場閉鎖による「選択と集中」モデル
しかし「選択と集中」は、特効薬どころか毒薬になるかもしれません。
工場の閉鎖を考えてみます。
ある食品メーカーは静岡と山口に製造工場を持っています。工場で生産された製品は、横浜と大阪の倉庫に移動します。横浜倉庫は東日本の消費者に向けて商品を流通させ、大阪倉庫は西日本の消費者に向けて商品を流通させます。
このとき、経営者は「選択と集中」戦略により、商品の売上によるABC分析を実施しました。
- 製品の売上をウェイトが大きい順にランク付け(Aランク、Bランク・・・)して分析すること。ウェイトが大きい製品に対して重点的に経営資源を配分することで、売上や利益を効率的に向上させることができるという考え方に基づいています。
重点商品を静岡工場で集中した製造が可能となりました。山口工場の家賃や、工場で働く作業員の人件費を減らすことに成功しました。
これが「選択と集中」による特効薬です。
「選択と集中」はBCPの毒薬
しかし、かねてから起きると予測された、南海トラフ沿いでマグニチュード8クラスの「東海地震」が発生しました。このとき、静岡工場は製造能力を失いました。生産ができないので、商品が市場に流通するはずはありません。全国からこの食品メーカーの商品は姿を消しました。
事実上、会社の事業は破綻したのです。
経営者は重大な誤ちを犯したことに気がつきます。
東海地震で静岡工場が被災しても、地形的に山口工場への影響はありません。山口工場が稼働していれば、生産を継続できました。それにより、会社の事業は破綻することなく運営ができました。
日本列島のまわりは、4つのプレートがぶつかりあっています。世界的にも地震が多い地域として知られます。
- 北米プレート
- ユーラシアプレート
- 太平洋プレート
- フィリピン海プレート
食品メーカーは、災害危機が実際に起きたとき、事業を継続、若しくは可能な限り、短時間で復旧させるための行動計画を策定しておくべきでした。
これをBCP(事業継続計画)と呼びます。
会社がBCPを策定する目的は、被害による利益の損失を最小化することですが、それだけではありません。
食品メーカーは「安全な食品をキチンと消費者に届ける」という社会的責任(CSR)を負っています。災害が起きたときに、食品が提供できない状況を作り出すことは、企業の社会的責任を果たしていないことになります。
「選択と集中」は、原価低減による利益を生む特効薬かもしれません。しかし、リスクマネジメントの視点では毒薬になります。